: 2011年8月13日

事故から5ヶ月が過ぎた

ネットウォッチへようこそ!

まさか原発事故が起きるとは・・・

その昔、とある地方都市で、スナックのアルバイトを未成年ながらやったいたことがあります。
カウンターの前に、かつては帝大と呼ばれた大学の学生が二人、原子力の話をしていました。
明るい、夢の夢の夢のエネルギーの話でした。
その頃の子どもの漫画には、原子力バイクや自動車、摩訶不思議な原子力アイテムが図解されていました。

スリーマイル、チェルノブイリ、遠い外国の事故に、ジェット気流に乗り降って来る放射能におびえました。子どもたちに牛乳を飲ませるを止めた記憶があります。
その当時に読んだのが広瀬隆氏の本です。槌田敦氏や、高木仁三郎氏の本も読みました。
朝までテレビを見た記憶もあります。六ヶ所村の反対署名やカンパをした記憶もあります。
福島原発から同心円で被害が予想される図を見たこともあります。
老朽化した原発が怖いと・・・

しかし、まさか原発事故が起きるとは・・・

事故からネットウォッチを続けてきました。
体力気力の限界を越えて、原発事故には完全に負けました。
寝食を忘れ、仕事を投げ出し、可能な限りの情報をウォッチして来ましたが、結局、終わりがないことに気がつきました。今回の出来事には、人生はあまりにも短い。

誰もが、自分の人生が基準となって世界を見ているのだと思います。
宇宙の果てから、地球の誕生から、想像力には限りがありません。
しかし、意味、価値、真実、それを判断するのは自分自身です。
この事故を地球史、宇宙史で見れば、ほんのささやかな出来事かも知れません。
しかし、その視点は実在の自分の視点ではない。
限られた数十年の人生に、ある時突然どっと塗りつけられて、その後一生消えることのないモノです。

先日、群大の早川先生が、南欧の避暑地からツイッターで、火山をたとえに、
「火山麓のコミュニティが「火山と共存する」態度を取る限り、災害は続く。火山とひとはけっして対等ではない。火山が圧倒的に強い。ひとは火山の麓に住まわせてもらっている。火山が怒り始めたときは、その場を火山に明け渡して立ち去るしかひとに生き延びる方法はない。交渉する余地はない。」
と語られています。

僕は、人生には解決できない問題はないと信じて、それに対峙することには、価値があり意味があると考えてきました。しかし、この放射能には対峙できません。
山があるから登るというような次元の相手ではないのです。

長くなりました。
結論です。

今日までのネットウォッチで解かったことは、身の安全を第一に、できる限りの方策を実行することです。

ふたつのことを思いつきました。

ひとつ、人生は幸運にも短い、なので被曝した年齢によっては、少し寿命が短くなるのは残念だが、人生を何とか満喫していけそうだ。そう思える方は、真に人生の生きる真価を問い直せばよいと思います。

ふたつ、これから生まれ、これから育つ命、被曝の中で必ず起きる障害を生きるには人生はあまりにも長い。避難させてください。それしかありません。
行政と渡り合う間にも被曝します。補償を要求する間にも被曝します。限られた範囲の除染など何の役にも立ちません。

ネットウォッチはこれから、人生の充実と、これから育まれる命をどう守るか、このふたつに視点を置いて、まさにマイメディアを目指します。

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