: 2011年6月07日

信じるということ

こんにちはTaddyです。お体大切にお過ごしください。

「専門家のみなさんに検討してもらっている」という言葉を何度も聞いた。

その結果、水道水の安全基準は原発の排水より制限基準が大きくなった。
それで「原発の排水でミルクを溶いても安全」となった。
野菜や魚は、これは放射性廃棄物ではないかと思うほど、高い汚染を許している。
しかも、20ミリシーベルトには、空間線量のみで、内部被曝が含まれていない。
空気や水や食物で取り込む内部被曝を加えると50ミリシーベルトになるという。

原子力ムラと言われる利権の中に、専門家がいて、官僚がいて、政治家がいる。
また、原子力に関わる、子会社、関連会社、下請け孫請け、そして労働組合もある。
巨大な金が東電へ流れ込み、原子力ムラのすみずみまで浸透し潤していく。

その流れが危うくなり、原子力ムラの水か枯渇しそうになっている。
原子力ムラで生きることしかできない人は、乾いて干からびることが心配でならない。
何とかならないかとあせり「たわごと」を言うモノもいる。
復活の幻から逃れられない。

事故対策に巨額が流れるということに、さっさとハンドルを切ったモノもいる。
彼らはもう「たわごと」を言う必要はない。
しかし、汚染除去や事故の収束の手品を思いつくままにしなくてはならない。
小賢しく立ち回る。
※人以下をヒトデナシといいますが、
ヒトと言う字ももったいないので、あえてモノと呼びます。

・・・

ある原子力の「とてつもない」素晴らしい先生をウォッチするようになって、
その小出先生の肩越しに、この世界が見えるときがあります。

信じると言う字は「人が言う」と書きます、意味もまさにそのとおり。
信じる人を仰ぎ見るということが「信仰」です。
(この手の話が苦手の方は聞き流してください)

その信仰は、法や権威で強要することはできません。
(20mSvは安全・・・)

そして信仰には、もうひとつ大切なエッセンスがあります。
それは、この私の身を案じて言ってくれる人であるということです。
父母は子どものことを思って言うから子供は信じます。
だれが私のために言ってくれるのか、心が澄んでいれば、分からないはずはありません。
(また、信じられる人がいることは、どんな最悪の状態でも幸せなことです)

さて、自分を信じるとは、自分が言うことです。
自分が言うことを信じるとは、つまり自分が信じることを言うことです。
これは力になります、自信を持てば元気が出る力がわく!

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