: 2011年4月21日

地震の起きた日

3.11から夢遊病のような生活が続いています。

 私は、福島から200キロ離れた関東の北に住んでいます。地震は震度5強を記録しました。棚のものが落ちたり食器が飛び出したりいささかあわてました。テレビをつけるとつなみ警報がでていて、三陸方面の海の様子を流していました。まさか、あれほどの津波が襲ってくるとは夢にも思わずみていたのです。それより直感的に心配なのは福島原発でした。地震でどうなったか・・・
テレビの画面には恐ろしい光景が映されていました。

 原発では本当に心配したことが起きていました。
反対の署名や講演会やいろいろな本を読んだり・・・、原発反対の意思は示していました。しかし、目前の原発事故を止めることに何の力にもなっていませんでした。

それから数日間、夜昼なくテレビやネットを見ていました。はじめの水素爆発には、すべてが終わったような恐怖を覚えました。
風向きや雨などを調べ、東京の家族に知らせました。東京は交通機関が混乱し自宅待機していました。換気扇を止めて、水をためて、食料を確保して、外にでないようにと伝えました。

それから、自分も買出しに出かけました。
ガソリンスタンドは長蛇の列、終いには売り切れ、灯油もなくなりましりた。ショッピングセンターはその日はまだ大丈でしたが、その後数日で、パン、水、米、乾麺などが売切れてしまいました。


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