: 2011年10月10日

発信箱:「今変わらねば」=永山悦子(科学環境部) - 毎日jp(毎日新聞)

発信箱:「今変わらねば」=永山悦子(科学環境部) - 毎日jp(毎日新聞)

「山には、きびしさをもって我々に対するものと、暖かく我々を包容してくれるものと、二種類ある」

 深田久弥の「日本百名山」で、こう始まる「赤城山」(群馬県)の項。「赤城山はその後者のよい代表である」と続く。この赤城山に包まれるように、反原発運動の理論的主柱と呼ばれた高木仁三郎さんが眠っている。11年前の10月8日、62歳で亡くなり、赤城山に散骨された。

 高木さんは高校時代まで赤城山の裾野、前橋市で過ごした。冬は強い季節風「赤城おろし」が吹き荒れる。著書で、「この自然の峻烈(しゅんれつ)さに、何がしかの影響を受けた」とつづる。まさに北風に立ち向かうかのように、脱原発を目指すNPO「原子力資料情報室」に設立からかかわり、原発の危うさを訴え、社会へ警告し続けた。

 赤城山への散骨は、高木さんの遺言だった。人間が自然を克服し、生活から切り離そうとする社会に疑問を持っていた。だから「自然へ帰りたい」と願い、古里・赤城山へ帰った。最期に、「自分はいなくなるが、核や原発を利用しない社会を作ってほしい」と言い残して。

 ところが、原子力政策も社会も変わらぬまま、福島の事故が起きた。高木さんの命日を前に、ゆかりの人はどう感じているのか。妻の久仁子さん(66)は「彼が生きていたら、今変わらねば大変なことになる、と訴えるだろう。元のもくあみになることが一番怖い。人間にとって何が大事なのか。一人一人が考え、行動してほしい」と話す。前橋市に住む長姉の佐藤香(かおる)さん(86)は、こうつぶやいた。「仁ちゃんは、かわいそうなことをしました。もっと早く国が言うことを聞いてくれればよかったのに」

 2人の訴えは同じだ。こんな後悔を繰り返してはならない、と。

毎日新聞 2011年10月4日 0時00分

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